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山口家庭裁判所岩国支部 昭和50年(家)38号 審判 1975年3月10日

申立人 福島淳子(仮名)

事件本人 黒田早苗(仮名) 昭三九・一二・二五生

主文

事件本人黒田早苗の親権者を本籍京都市左京区○○町○○番地亡黒田明から申立人福島淳子に変更する。

理由

一  申立人は主文同趣旨の審判を求めその実情として

申立人は京都市において昭和三八年頃から事件本人の父亡黒田明と知り合い同三九年一二月二五日事件本人を出産し、翌四〇年一月六日亡黒田明と婚姻届出をした。

その後長男信一(昭和四一年五月九日生)、二男和男(昭和四五年四月四日生)を儲け、住所も京都から岩国へ転居した。

その頃から夫婦に不和が生じ、昭和四六年四月一六日協議離婚し未成年者ら三名の親権者を父と定めた。

未成年者らの親権者は刑事事件により服役することになり、その間申立人が三名の子供を引取り監護養育し、親権者が出所したるもその生活態度が安定しなかつた。

申立人は未成年者を養育するについて親権者を変更する必要があるので当裁判所へ親権者変更調停申立をし、昭和四八年一月二九日事件本人黒田早苗の親権を除いて他の二名の未成年者の親権者は申立人と合意が成立した。以後事件本人は父と京都で、他の子二名は申立人と岩国でそれぞれ親権者において未成年者の監護養育をした。

ところが昭和四九年七月一七日事件本人の親権者黒田明が交通事故により死亡したため、早急に事件本人の後見人の必要に迫まり昭和四九年八月二〇日当裁判所へその選任の審判を求め、申立人が事件本人の後見人に選任された。

昭和四九年八月二五日から申立人は事件本人を引取つて他の子二名と共に養育しているが、事件本人に対しては後見人であり他の子の長男、二男に対しては親権者と言う使い分けをしなければならないことは、実母として誠に忍び難いものがあるので本件を申立したという。

二  家庭裁判所調査官山根信作成の本件に対する調査報告書、戸籍謄本(申立人、事件本人)、当裁判所昭和四七年(家イ)第一六八号親権者変更調停事件並びに昭和四九年(家)第二三七号後見人選任審判事件の各記録によつて、すべての事実を認め得る。

三  本件の如き、後見人選任後における親権者変更については、消極的な立場が多いが、後見開始後未だ後見人が選任されていない場合の親権者変更については後見制度が親権の補充的役割を果すものとして積極的に解されて親権者変更を認められているのが現状であるところ、後見人選任の前後によつて潜在的な親権が変化制限されるものではないし、親権を喪失した場合や、親権者の行方不明により親権行使が不能となつた場合でも、その事由が止んだ場合は再び親権が回復することを認める所以が、親の自然的愛情に期待し、その親権の行使をさせることは、親としての権利であり、義務でもあるし、国民的感情からも、子の福祉的面からしても親権者をして子の監護養育させることが望ましいからであるなどの点を併せ考えるならば、後見人選任の前後によつて親権者変更の容認を区別する必要はないと思料されるので、当裁判所はこれを積極的に解するものである。

本件の如く数人の実子を監護養育している場合に、或者は親権者として、他の者は後見人として、子の監護養育をすることこそ不自然であるし、子の健全なる育成を期し、子の福祉的心情面を考えるならば申立人をして親権を行使させることが適切と思料する。

よつて申立人の本件申立は相当と認められるので主文のとおり審判する。

(家事審判官 畠山勝美)

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